第12回大阪アジアン映画祭、私的ランキング(前篇)
2017年の第12回大阪アジアン映画祭も終了した。例年は、この時期に海外出張などと重なることが多いが、今年は用事がある日を除けば初日から最終日まで堪能できた(とはいっても私が見るのは中国語圏の映画が中心で、他地域はあまり見ていないのだが)。初めのうちは、正直言って今回はちょっとイマイチかな、などと思っていたのだが、日を追うごとに充実作との出会いが増え、終わってみると今回もかなり満足度の高い映画祭になっていたと思う。それは特に「Special Focus on Hong Kong 2017」に分類される香港映画(単なる香港映画ではないものも多いが)の充実による部分が大きい。
全体的な感想で言うと、最近の中国語圏の映画に多い90年代ノスタルジーものが、この映画祭でも目立っていた(三角関係を描いた映画も多い)。印象がかぶっていて、そろそろこのような題材も飽きられる頃ではないかという気もする。音樂に関連する映画が多かったのも今年の特徴か。カラ・ワイ惠英紅や鄭丹瑞のように同じ俳優を複数の映画で目にしたのも、この映画祭の楽しいところだった。というわけで、以下は私が見ることができた映画15本を、個人的評価の低→高順に並べて紹介したい。
- 第15位 『1万キロの約束』台湾(中)一萬公里的約定(英)10,000 MILES
ジェイ・チョウ周杰倫もプロデューサーの一人に名を連ねる、サイモン・ホン洪昇揚監督(アメリカで活動しこれが台湾デビュー作)による台湾映画。陸上競技が題材のスポ根もの、なのだが、やや冗漫な印象。スポ根ものにつきもののカタルシスもなかなか得られない。ジェイ・チョウのカメオ出演と楽曲は印象的ではある。『私の少女時代』でブレイクしたダレン・ワン王大陸は、この映画のような影のある役柄も似合うように思う。が、どうして彼がグレたのか、そして妊娠の話の伏線が回収されずに終わってしまうなど、いろいろ不可解な点も残る映画だった。
- 第14位 『呼吸正常』中国(中)呼吸正常(英)SOMETHING IN BLUE
これまで映画評論家として活動してきた李雲波の監督デビュー作。現在広州をベースに活動しているとのことで、この映画も広州で撮影されている。広州の若者の真実を描こうとしたとQ&Aで語っていた監督だが、たしかに、普通話と広東語が入り乱れるのは、広州の言語事情を反映している。シークエンスのはじめに、シークエンス内の重要なセリフが先に紹介されるのもお洒落。だが、やや「意余って力及ばず」となってしまっているように思う。焦点がぼやけていて、何を伝えたいのか曖昧に。ある程度中核となるプロットを設定した上で、リアルな映画づくりを目指したほうが良かったのではないか(たとえば侯孝賢のように)。
映画の中ではピーター・チャン陳可辛監督の『ラブソング』(甜蜜蜜)に言及される。広東語と普通話が入り乱れる映画を撮るにあたってヒントを得たのかもしれない。だが、若者三人のリアルな姿を描く、ということにおいては、むしろピーター・チャン監督の初期作品『風塵三俠』(1993、日本未公開)を参照したのかもしれない。
第13位 『墓場にて唄う』マレーシア=フィリピン(英)SINGING IN GRAVEYARDS
いちおうマレーシアとフィリピンの合作映画ということになっているが、マレーシア的要素はなく、フィリピンの伝説的ロックスターが本人役で主演する全編フィリピンでで撮られた映画だ。監督のブラッドリー・リウがマレーシア生まれの華人でマニラを拠点にしているとのこと。
ロック・スターのジョーイ・スミスと、そのものまねタレント・ペペを本物のロックスター、ジョーイ・ペペ・スミスが二役で演じるという趣向。だが、映画中のジョーイ・スミスは、現実のジョーイ・ペペ・スミスそのままではなく、バンド名など現実との差異はあるようだ。
演奏シーンが少なく、音楽そのものを楽しむのには向いていない。また、フィリピンのファンならもっと楽しめるんだろうな、と思いつつ、文脈がわからない歯がゆさも。ゲストなしの回に鑑賞したので、そのあたりのことが聞けなかったのは残念。
ところで、映画を見ながら、ジョーイ・スミスってどこかで聞いたことがあるな、と考えて思い出した。この人は、日本のニュー・ロックの時代に活躍したスピード・グルー&シンキのメンバーだった人だ!1971年から翌年にかけて二組三枚のLPを残している(タイムリーなことに、間もなく二組とも間もなく最新リマスターによるCDが発売される)。他のメンバーはベースにルイズルイス加部(ゴールデン・カップス、ピンク・クラウド)と横浜華僑ギタリスト陳信輝。ということで、ジョーイ・スミスはもともとはドラマーだが、ギターも弾くらしい。詳細は
で。
第12位 『パティンテロ』フィリピン(英)PATINTERO: THE LEGEND OF MENG THE LOSER
ここからは、だいぶ評価が上がって、甲乙つけがたい映画が続く。その中でも、これの順位をいちばん低くしたのは、前評判が高くて期待させられすぎたからとご理解ください。
で、この映画はフィリピンの路上スポーツ、パティンテロをテーマとしたもの。映画祭のパンフレットには、『少林サッカー』や『ピンポン』に影響を受けた旨が記されている。が、全体のテイストは『少林サッカー』というよりも、デレク・クォック郭子健監督の『全力スマッシュ』(全力扣殺)あたりに近い(プロットの結末も…)。
ところでこの映画、ゲイ・カップルが重要な役割で登場するため、フィリピンのQシネマ国際映画祭ではジェンダー・センシティビティ賞を受賞したという。だが、それと同時に気になるのがエスニシティ。主人公の親友ニカイは、ニカイ・チウという名前であり中国系という設定だと思われる(演じているのはIsabel “Lenlen” Frialという子役女優。姓は中国系らしくないが“Lenlen”というのが広東語ぽくて気になる )。監督がどの程度意識的にフィリピンにおけるエスニシティを描こうとしたのか気になるところだ。
PATINTERO: ANG ALAMAT NI MENG PATALO (2015) - Official Trailer - Coming-of-age Dramedy
第11位 『ミセスK』マレーシア=香港(中)Mrs K(英)MRS K
本映画祭のオープニング作品として上映された本作。マレーシアのホー・ユーハン何宇恆監督、カラ・ワイ惠英紅主演。ホー監督にとっては初のアクション映画であり、そして惠英紅にとってはアクション引退作となる。彼女はホー監督の映画では『心の魔』(心魔)に主演しているが、この映画もそれと同様に母性愛がテーマ。もちろん、それに加えてアクションシーンが何よりも見どころだ。そして出演者が豪華。夫役に台湾のロックスター伍佰。そして重要な敵役にサイモン・ヤム任達華(やっぱりうまい!)。陳果フルーツ・チャン監督らもカメオ出演している。
ところで、ゴールデン・ハーベストでブルース・リーと共演し、後にショウ・ブラザーズで惠英紅とも共演した劉永が、ヒロインの過去(マカオ時代)を知る人物として登場することも興味深い。近年は断続的に映画にも出演しているようであるが、90年代は引退状態だった。ここからは深読みにすぎるかもしれないが、この映画のプロットも劉永の人生経歴に取材したものかもしれない、とも考えられるのだ。劉永は『三十年細說從頭』『青春1000日』などで共演した台湾出身の戴良純と1982年に結婚するもDVで不和となり、台湾に逃げた彼女の顔を傷つける事件も起こしている。戴良純はその後日本の医師と結婚して日本に住むが、台湾人の元カレ(元夫?)がその日本人医師を殺害し、彼女も傷つけるという事件が起きる(当然日本の新聞でもこの事件は報道されている)。この映画のプロットは、マカオからクアラルンプールに行って医師と結婚した女性が昔の仲間に襲われるというもの。一方、劉永の元妻の戴良純の事件は、香港・台湾から日本に行って医師と結婚した女性が元カレに襲われたもの。この映画に対してインスピレーションを与えた可能性もあるのではないだろうか。
脱線がすぎたが、見どころたっぷりのこの映画、もっと順位を高くしても良かったのだが、ちょっとストーリーが弱いかな、ということでこの順位にさせていただいた。
なお、惠英紅は今回の映画祭で第3回オーサカAsiaスター★アワードを受賞している。そして、映画祭では、もう一本彼女の出演作に出会うこととなった。聞き漏らしたのかもしれないが、授賞式の際には特に言及はなかったので、望外の喜びであった。
第10位 『わたしは潘金蓮じゃない』中国(中)[我不是潘金蓮(英)I AM NOT MADAME BOVARY
馮小剛監督の新作。娯楽作品としてのクオリティは、それだけでも保証されたようなものだが、本作は地方政府(中央政府も)の保身主義など政治的な内容にも踏み込んでおり、検閲と折り合いをつけながら良い映画を作ろうという意欲が見て取れた。ただ、田舎のシーンが小さい円の中だけに映されるため、主演の范冰冰の顔もはっきり見えなかったのは残念。范冰冰は田舎の女性を受賞している演じるために衣装や言葉遣いなどに苦労した旨がパンフレットに記されているが、正直言ってその点においては『最愛の子』(親愛的)の趙薇ビッキー・チャオのほうが上ではないか、と思った。劉震雲の原作小説は未読だったが読んでみたい。
ところで、英題はフローベールの「ボヴァリー夫人は私だ」という有名な言葉をもじったもの?
范冰冰從影最大突破演出【我不是潘金蓮】HD最終版中文電影預告
第9位 『52Hz, I LOVE YOU』台湾(中英題も同じ)
大ヒット作を連発するウェイ・ダーション魏德聖監督の新作、というわけでこれも安心して見られる完成度の高い映画となっている。ただ、これまでの大作とは異なり、植民地時代や日本という要素は皆無。これまでの監督作と関わりがあるとすれば、それはデビュー作『海角七号 君想う 国境の南』(海角七號)と同じく音楽映画という点。本作は、ミュージカル映画でもある。『海角七号』とのもう一つの共通点は、殆どの出演者の本職がミュージシャンという点だ。本作では、特に宇宙人(バンド名)の小玉、トーテム圖騰のスミンの演技がよかった。楽曲のクオリティも高い。また、『海角七号』のメンバーも多数ゲスト出演。レズビアン・カップルとして登場するサンドリーヌ・ピナ張榕容とナナ・リー李千娜の美しさも際立っていた。あと、映画の中の郵便ポストはたぶんこれ
【台湾】台風でまがった「萌えポスト」が大人気に! - NAVER まとめ
からの連想ですね。
お正月映画(賀歳片)として作られ、映画もそのような雰囲気に満ちているが、面白いのはお正月映画なのにバレンタインデーがテーマになっていること。旧正月とバレンタインデーが接近している中国語圏ならでは。
《52Hz, I love you》正式預告(2017.1.26 嗨翻新年)
- 第8位 『海の彼方』台湾=日本(中)海的彼端(英)AFTER SPRING, THE TAMAKI FAMILY...
台湾人監督黄インイク(黃胤毓)による、八重山諸島の台湾移民をめぐるドキュメンタリー。一部の学者の注目を浴びながらも一般的には知られていない八重山の台湾移民。歴史的事実もしっかり押さえながら、家族史を浮き彫りにする。しっかりとした作りのドキュメンタリーに仕上がっていた。おばあさんは日月潭や埔里で育ち、養女となったこともあったとのこと。山地育ちながら原住民ではなく閩南系本省人のようだが、おばあさんの生い立ちについて、もう少し詳しい説明があっても良かったと思う。(映画中、おばあさんが台湾に帰省した際に歌う歌は興味深かった。)映画の中で使われる日本統治時代の台湾の映像は、『南進台湾』からのものだろう。
このおばあさんの孫で石垣島育ちのミュージシャン、玉木慎吾が語り手として登場するが、彼は2008年からヘビーメタルバンド、SEX MACHINEGUNSに加入し、ベーシストとして活躍している。
Q&Aで監督が話す流暢な日本語も聞くことができたが、検索したところ東京造形大学大学院で映画製作を学んだらしい。八重山ではさらに二本のドキュメンタリーを制作しているとのことであり、完成が待たれる。> -
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(続く 第7位以上は「後篇」で。)