備考欄のようなもの

主に、中国語圏の文学・音楽・映画等について記します。

第12回大阪アジアン映画祭、私的ランキング(後篇)

(前篇:第12回大阪アジアン映画祭、私的ランキング(前篇) - 備考欄のようなもの)

 さて、後篇に入る。第7位以上はさらに混戦模様。どれが上に来てもおかしくなく、むりやり順位付け。

  • 第7位 『敗け犬の大いなる煩悩』マレーシア(中)令伯特煩惱(英)GOODBYE MR LOSER
     これは、文句なしにこの映画祭で一番楽しんだ映画だ。これがワールド・プレミアとなる。エイドリアン・テイ監督は、昨年の大阪アジアン映画祭で上映されたチャップマン・トー杜汶澤監督の『 ご飯だ!』(開飯啦!)でもプロデューサーとしてクレジットされていた。
     ストーリーは、さえない30代男が高校生に戻って人生をやり直そうとする、というもの。自分の人生をやり直すというテーマ、やはり訴求力が強く、面白い。『ペギー・スーの結婚』などとの類似も感じられるが、実は、これ中国内地の大ヒット映画《夏洛特烦恼》(元は同名舞台劇)のリメイクである。原作映画は未見だったが、ネット上の動画で確認したところ、プロットだけでなくディテールもほぼ踏襲していることがわかるため、この順位に留めた(当初はもっと高い順位にしようと思っていたのだが…)。中国内地で作られた映画やストーリーが翻案されて海外展開されるというのは珍しいが、中国のポップカルチャーも成熟してきたということだろう。
     このマレーシア版では、食べ物などがローカライズされるだけでなく、2000年前後のC-popがふんだんに使われるところがセールスポイント。オリジナルでも使われていたジェイ・チョウ周杰倫だけでなく、五月天、デヴィッド・タオ陶喆らの音楽も。オリジナルでは主役(妻となる女性)はレスリー・チャン張國榮のファンとされていたが、こちらではアンディ・ラウ劉德華のファン(アンディのそっくりさんも登場する)。主人公と合作する女性スターは那英からアーメイ張惠妹に変更。『還珠格格』ネタも使われるなど、このマレーシア版のほうが汎中華圏にアピールする作りとなっていた。


    《令伯特烦恼》GOODBYE MR LOSER Official Trailer | In Cinemas 30.03.2017


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     第6位 『女士の仇討』香港(中)女士復仇(英)HUSBAND KILLERS

  • 昨年の大阪アジアン映画祭で『荒らし』(老笠)が上映され、文字通り度肝を抜かれたファイアー・リー火火監督の最新作、この映画祭での上映が世界初上映となる。
     昨年の『荒らし』もそうだったが、エログロ、お馬鹿炸裂『荒らし』は、ほぼ室内劇だったこともあって、吉本新喜劇を想起させられたのだが、こちらはアクション中心。三股~四股をかけられた、三人の女性による復讐劇。Q&Aで司会のリム・カーワイ監督がタランティーノを引き合いに出していたが、タランティーノが70-80年代の香港武俠映画に影響を受けているとすれば、ファイアー・リー監督は80-90年代頃の香港ノワールの影響が強いと思う。当時の監督が大真面目に撮っていた香港映画ならではの大げさな演出(褒め言葉)を今日の目からパロディとして再構築している。ヒロインの一人が両手にピストルを構えるのは、もちろん『男たちの挽歌』(英雄本色)のチョウ・ユンファ周潤發のパロディ。映画が主要なロケ地、沙田の龍華酒店はブルース・リー李小龍の『ドラゴン危機一発』(唐山大兄)が撮られた場所でもある。
     前作は、一見すると行き当たりばったりのようでありながら、実は巧みに構成されていて、なおかつ香港社会の諷刺になっている、というところが素晴らしかった。この映画は、そこまであからさまな諷刺は感じられなかったが、これはこれでよい。ファイアー・リー監督ならではのハチャメチャな個性をすっかり自分のものにしている。三人の女から男を奪った女性の名前がミッシェル・リーなのは、同名の女優(李嘉欣)が複数の婚約・結婚経験のある許晉亨と結婚したことに対する皮肉なのだろうか?
     なお、今回の映画祭用に監督側は日本語ポスターをしており、そこには『女たちの復讐』と邦題が記されていた。そのほうがしっくり来ると思うのだが(「女士」は日本語ではないと思うし)…。


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  •  第5位 『七月と安生』香港=中国(中)七月與安生(英)SOUL MATE
     デレク・ツァン曾國祥、第6回大阪アジアン映画祭でグランプリを受賞した『恋人たちのディスクール』(戀人絮語)での監督デビュー以来、これが第四作となるようだ。(本作はピーター・チャン陳可辛監督がプロデューサーとしてクレジットされている。)本映画祭でABC賞を受賞した本作、順位が低すぎると思う向きも少なくないだろう。実際、非常によく作られた映画だ。
     香港の監督ながら舞台は中国内地で、台詞はすべて普通話。性格の正反対の七月と安生という二人の女性と蘇家明との三角関係が描かれる。安生は七月のことが好きであるようにみえる描写があり、第8回大阪アジアン映画祭で上映された台湾映画『GF*BF』(女朋友。男朋友)のように、A→B→C→Aのような循環式(?)の三角関係が描かれるのだろうと思ってみていると、そうはならずに一般的な異性愛の三角関係へと回収される。いまの中国ではあからさまな同性愛の描写が難しいこともあるのか、とも思ったが、原作に従ったまでのことかもしれない。
     その原作は安妮宝貝によるが、実は小説と映画では結末に大きな差異があるらしい。映画は、(原作とも異なる)架空の小説「七月と安生」の内容を描きながら、それと現実の七月と安生の人生の差異を、ラストのどんでん返しによって鮮やかに描き出す。
     クレジットでは、岩井俊二監督への謝辞があり、人生の入り変わりや記憶といったモチーフは明らかに岩井の影響下にある(原作者の安妮宝貝への岩井の影響についてはこちらの論文http://repository.dl.itc.u-tokyo.ac.jp/dspace/bitstream/2261/61306/1/cc019006.pdfで。)だが、このようなテーマは中国語圏で氾濫しすぎているような気もするため、映像表現の巧みさに心を打たれ、泣かされもしたが、この順位に留めさせてもらった。
     フェイ・ウォン王菲の歌で時代の移り変わりを表現するのもよい(そして主題歌を唱うのはその娘のリア・ドウ竇靖童だ)。主演の周冬雨、馬思純の二人は台湾の金馬奨で最優秀主演賞を描きながらダブル受賞している。


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  •  第4位 『29+1』香港(中英題も同じ)
     本映画祭で観客賞を受賞した本作。これまでは主に舞台の演出家・女優として活動してきたキーレン・パン彭秀慧。その彼女が脚本・演出・主演の三役を担った舞台劇『29+1』(2005- )を映画化したのが本作である。『女士の仇討』でも主役の一人を務めていたクリッシー・チャウ周秀娜がこちらでも主演(林若君役)。間もなく30歳を迎えようとするキャリア・ウーマンを演じている。彼氏との関係や父の死、あるいは部屋の立ち退きに悩む中、仮の住処として黃天樂の部屋を与えられるが…。この映画も、この性格や生い立ちが正反対の二人の人生が交錯し重なり合う映画である。それにしても黃天樂役のジョイス・チェン鄭欣宜がいい。その楽天的な性格(そして病気)が彼女の母、リディア・サム沈殿霞を彷彿とさせる。
     90年代を描く際に、レスリー・チャン張國榮やBeyondなどが小道具として使われる。また、レコードファンとしては鄭丹瑞が店主役のレコード屋に置かれたレコードに心を奪われた。テレサテンの日本盤LPの前に並んでいた7インチ・レコードはたぶん順に方逸華、張露、潘迪華のもの。


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  • 第3位 『77回、彼氏をゆるす』香港(中)原諒他77次(英)77 HEARTBREAKS
     多様なスタイルの映画を世に送り続けているハーマン・ヤウ邱禮濤監督の最新作で、この映画祭がワールド・プレミア。シャーリーン・チョイ蔡卓妍演じるヒロインが、周柏豪演じる彼氏と十年付き合って分かれるまでを日記本に綴る。その本を見つけた彼氏が彼女を取り戻そうとして奮闘する。と書いてしまえば他愛もないプロットになる(あと、『29+1』とも似ている)が、恋愛映画は珍しいヤウ監督ながら、よく作られている。例えばジョニー・トー杜琪峰監督なら、ストレートなハッピーエンドになりそうなところ、そうはいかないのがヤウ監督ならでは。
     ところで、この映画は、小津安二郎へのオマージュとして、小津特集上映をしている映画館が映され、さらに小津が脚本を執筆したことで知られる茅ヶ崎館でも撮影されている(ヴェンダース『東京画』の影響と、ヤウ監督はQ&Aで話していた)。また、ゲストも豪華シャーリーンのTwinsでの相棒ジリアン・チョン鍾欣潼、ヒップホップグループ農夫のC君も印象的だが、ヒロインの母役としてカラ・ワイ惠英紅にこの映画で再会できたのは意外な喜び。さらにアンソニー・ウォン黃秋生、鄭丹瑞(再び)らも。

  


《原諒他77次》預告片正式曝光

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  •   第2位 『一念無明』香港(中)一念無明(英)MAD WORLD
     新進映画監督ウォン・ジョン黃進の長篇デビュー作。長篇商業映画を撮ったことがない香港の新人監督に与えられる「首部劇情電影計劃」を受賞し、デビュー作にも関わらずショーン・ユー余文樂エリック・ツァン曾志偉、エレイン・ジン金燕玲らのスターが共演した。というわけで、エリック・ツァンと『七月と安生』の監督デレク・ツァンは本映画祭に親子揃い踏み。
     派手なアクションはなく、きらびやかさもない。ひたすら重い。障害をもった母を死なせてしまい精神病を患った息子。そしてその息子を守って二人で生きていこうと決意する(以前に妻子を捨てた)父。上映前の監督の挨拶では、ヘビーな内容ではあるが、映画の中には愛が溢れている、と語られていたが、確かにその通りで、バランス感覚が良い。
     父子は古マンションの一室に住んでいる。より正確に言うと、マンション内の一戸をさらに細かく分けて多くの間借り人が暮らしている。このような情景は1950~60年代の香港映画(特に広東語映画)で見慣れたもので、間借り人がさらに開いている部屋を又貸しするということも広く行われていた。今でも低所得層の間ではこのようなことが行われているのだろうか。あるいは古い映画に対するオマージュ?
     本作は台湾の金馬奨で最優秀新人監督賞、最優秀助演女優賞などを受賞するなど、各地の映画賞を席巻している。本映画祭でも見事にグランプリを受賞した。


    Mad World (一念無明, 2017) trailer

  • 第1位 『姉妹関係』マカオ=香港(中)骨妹(英)SISTERHOOD
     ほとんど差はないが、これを一位とさせてもらおう。この映画は、一応「Special Focus on Hong Kong 2017」にも入っているが、マカオ出身のトレイシー・チョイ徐欣羨監督が主にマカオで撮影したマカオ・香港合作映画で、香港のシーンは皆無。
     トレイシー・チョイ監督は2014年の「マカオ映画祭 in 大阪」でも中編ドキュメンタリー映画『箪笥の中の女』(原題《櫃裡孩》)が公開されていた。『箪笥の中の女』では同性愛がテーマになっていた(監督も映画中でカミングアウトする)のだが、初の長編劇映画となる本作でも、より抑揚のきいた演出ながら、女性同士の友愛を、同性愛的とも(そうでないとも)受け取れる形で描いている。
     マカオ返還前の社会を背景に、マッサージ店に務める女性同士の友情を描くのだが、そこに台湾の青年が現れる。というわけでこの映画も三角関係の映画ということになる。特に目立つ技巧はないものの、この過去の描写と、現代の描写がクロスして、飽きさせない。時代の変化もうまく表現している。オープニングのタイトルで「骨妹』の「妹」の字の中に「18」と「19」という数字が書き込まれていたのもよい。
     それにしても、あのジジ・リョン梁詠琪がアル中の中年女性を演じるようになったか、と感慨深い。同一キャラクターの若い時期を演じた廖子妤フィッシュ・リウはマレーシア出身、昨年のこの映画祭で上映された『レイジー・ヘイジー・クレイジー』(《同班同學》)にも出演していたが、今年の映画祭では本作により「来るべき才能賞」を重唱している。


    電影《骨妹》Sisterhood 宣傳短片

  • というわけで、本年度は香港一色という結果に(一位は主にマカオだが)。昨年度のメモと比べると、今年度は全体的に飛び抜けた作品がなかったかな、というのが全体の印象(もちろん楽しませてもらいましたが)。来年度の映画祭、楽しみにしています。