台湾弦楽団ATSによるコンサート『台湾歌謡』(2018年6月9日・於 国家音楽庁)
今年度は台北に滞在している。台湾人が自分たちの「老歌」(懐メロ)に対してどのようなイメージを持っているのか、あるいはどういう音楽が自分達にとっての懐メロなのか、ということに興味を持っている。そこで、弦楽にはそれほど興味はないものの、『台湾歌謡―島の音楽の思い出を聞く』と題されたこのコンサートには興味を持って聞きに行った次第。
コンサートは、「台湾民謡」「日本統治期の流行歌」「戦後及び戒厳令下の流行歌」「戒厳令解除後の流行歌」の4つの部分に分かれており、第二部分の終了後に休憩があり、また各部分の冒頭には関連する短い映像が流された。
では、順に内容を見ていきたい。
- 第一部分「台湾民謡」
ここでは、主に「流行歌」以前の民謡が演奏された。私自身詳しいわけではないので、ここは簡単に済ませたいと思う。原住民の歌から漢民族への歌へという順になっているのは、台湾に住むようになった順に、ということだろう。だいたいの曲はyoutubeでも聞くことができるがここでは省略する。ルカイ族の「織布歌」はどうしても見当たらなかったが(タイヤル族の同名の曲はたくさんヒットする)、どれも有名な曲。また古来より歌い継がれてきたものというより新しい曲もあるはずで、「丢丢銅仔」は列車がトンネルを走る様子を歌った童謡。
弦楽にアレンジする際、たとえばフランスの童謡「フレール・ジャック」(中国語圏では「両只老虎」として、日本では「グーチョキパーでなにつくろう」として知られる)のメロディを織り交ぜるなどの創意工夫も見られた。
また、拙訳の論文の中で、外省人の作曲家・周藍萍が創作の際に台湾各地の民謡を取り入れていたことに言及されていたのだが、彼が利用した曲には、ここで演奏された「丟丟銅仔」「草螟弄雞公」「思想起」が含まれていることは、個人的には興味深かった。
(当該論文は以下の本に収録されています。)
- 第二部分 「日本統治期の流行歌」
この部分は日本統治時代の台湾の(台湾語による)流行歌として著名なものばかりで、林氏好の歌った「月夜愁」を除けば、すべて純純が歌ったものだ(「四季紅」は艷艷とのデュエット)。
「桃花泣血記」は、阮玲玉が主演した同名上海映画を台湾で公開する際にその宣伝ソングとして作られたもので、一般的に台湾最初の流行歌とされる(実際にはそれ以前にも流行歌を標榜したレコードはあったものの)。
「四季紅」「月夜愁」「望春風」「雨夜花」は「四月望雨」と総称されることもあり、いずれも人口に膾炙した有名曲。特に後ニ者には様々なカバー・バージョンがあり、日本では一青窈が「望春風」をカバーしている。
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- 第三部分「戦後及び戒厳令下の流行歌」
ここでは作曲者名がクレジットされているため、順に歌手名を補っていきたいところなのだが、初めに演奏された「收酒矸」(1948)はラジオで放送された後、放送禁止処分を受けたということで、レコードにおけるオリジネイターがはっきりしない。その他の楽曲は、文夏「黄昏的故郷」(1958)、李香蘭「夜来香」(1944)、鄧麗君(テレサ・テン)「甜蜜蜜」(1979、パンフレットにはインドネシア・スマトラ民謡とクレジットされている)、 齊豫「橄欖樹」(1979)。
先に述べておくと、事前に入手していたチラシには、このうち「收酒矸」と「夜来香」は記載されておらず、代わりに江文也「小交響曲」(1951)、」蘇芮「酒矸倘賣無」(1983)、文夏「媽媽請你也保重」(1958)が記載されていた。
江文也「小交響曲」は、もともと弦楽の交響曲であり、そのまま演奏するのは芸がないと思ったのかもしれない。また、この曲は台湾出身の江文也が北京で創作した曲であり、「台湾」の「歌謡」とするのは無理があった。蘇芮「酒矸倘賣無」は映画『搭錯車』の主題歌であり、同映画に主演していた孫越の訃報が伝えられたばかりでもあり、タイムリーな選曲でもあったはずだ。だが、時期的に戒厳令解除に近い時期だったこともあったのか、この曲が下敷きとしていた「收酒矸」に差し替えられたのだろう。文夏「媽媽請你也保重」は、藤島恒夫「俺らは東京へ来たけれど」の台湾語カバーであり、この時代の台湾語流行歌として代表的なものだが、こちらは割愛して文夏のもう一つの代表曲「黄昏的故郷」によって代表させた、ということだろうか。
というわけで、この第三部分の五曲のうち、最初の二曲が台湾語、残りの三曲が国語(マンダリン、北京語)である。まず、最初の「收酒矸」は張邱東松により作詞作曲され、よく歌われたが国民党政府によって禁止されたという。空き瓶を回収して生活の足しにする子供を歌った歌だ。
なお、この曲は広く歌い継がれ、この曲を下敷きにした曲も2つ存在する。そのうちの一つが洪一峰が作り、葉啓田が歌った「有酒矸通賣無」。有酒矸通賣無 葉啟田
もう一つが先述の蘇芮「酒干倘賣無」である(作曲は侯徳健)。蘇芮-酒干倘賣無《搭錯車》(1983年) 原裝MV
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なお、この曲は蘇芮が1987年に日本で出したCDにも収録されていた。
文夏「黄昏的故郷」は三橋美智也「赤い夕陽の故郷」(1958)の台湾語カバー。これもまた、本省人によって歌い継がれ、国民党政府によって禁止された楽曲である。
文夏 - 黃昏的故鄉 / My Hometown Under the Sunset (by Wen Hsia)
続く「夜来香」は、戦時上海で李香蘭が吹き込んだ曲。どうしてこの曲がここで選ばれたのか、やや理解に苦しむが、テレサ・テンも歌ったということで、ここに入れたのかも。コンサート自体はこの曲の存在によって、よりキャッチーなものになっていたと思うが。(台湾の国語歌謡を、ということであれば「緑島小夜曲」などでもよかったかも…)
続いては、やはりテレサ・テンの(中国語圏における)代表曲である「甜蜜蜜」。インドネシア民謡であるこの曲をどのようにしてテレサが唱うようになったのかはよく知らないが、ピーター・チャン陳可辛監督は、この曲を題名にした映画を作っている(邦題は「ラブソング」)。
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1970年代に入ると、それまでの国語歌謡、あるいは英語による西洋歌曲とは異なる 「校園民歌」ムーブメントが起こる。その中から登場したのが齊豫で、その初期の代表曲が「橄欖樹」である。
齊豫 Chyi Yu【橄欖樹】Official Lyric Video
- 第四部分「戒厳令解除後の流行歌」
この部分は、自作自演も多い。それぞれ、新宝島康楽隊「鼓声若響」(1994)、張雨生「天天想你」(1988)、張学友「吻別」(1993)、陳淑樺「夢醒時分」(1989)、万芳「新不了情」(1993)、林強「向前行」(1990)である。
台湾語で歌われ、強く台湾を感じさせる曲を最初と最後に配している。そして、香港人歌手(張学友ジャッキー・チュン)が歌って台湾でヒットした「吻別」、同名香港映画の主題歌である「新不了情」の二曲は、台湾と香港の間の流行文化のつながりを感じさせる。また夭逝した張雨生(1966-1997)、長い間引退状態である陳淑樺(1958- )の二曲も、台湾人のノスタルジーをくすぐるであろう。
新寶島康樂隊 New Formosa Band【鼓聲若響 The Drumbeat】Official Music Video
萬芳 Wan Fang【新不了情 New everlasting love】Official Music Video
林強 Lin Chung(Lim Giong)【向前走 Marching forward】Official Music Video
- アンコール
アンコールでは、まず「思慕的人」(1958)が演奏された。台湾語歌謡界の大物である洪一峰が作曲し、自分で歌った曲である。彼を記念する映画『阿爸:思慕的人』では周杰倫ジェイ・チョウがこの曲を歌い、また映画『阿嬤的夢中情人』(おばあちゃんの夢中恋人、2013)の中でも歌われた。
洪一峰 - 思慕的人 / The One I Yearn For (by Yi-Feng Hong)
周杰倫-思慕的人 live (高清版)
この曲でネタが尽きたらしく、本編の最後に演奏した林強「向前行」をさらなるアンコールに応えて演奏して、コンサートは終了。
演奏自体も楽しく、弦楽団の力量を感じさせた。ただポップコンサートとは異なるので、観客も一緒に歌っていいものかどうかなど戸惑いながらの鑑賞であったことは否めない。
台湾人が考える、台湾歌謡の歴史、台湾人にとっての懐メロとはなにかを感じさせられたコンサートだった。