備考欄のようなもの

主に、中国語圏の文学・音楽・映画等について記します。

日中戦争中のスパイ表象―『黒豹』テレビ初放送に寄せて

 久しぶりに投稿する。

 今月(2017年2月)と来月に、これまでビデオもDVDも発売されていなかった京マチ子主演の映画『黒豹』が、CS放送「衛星劇場」で初めてテレビ放送される。

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これを記念して、鄭蘋如を中心とする日中戦争中のスパイの表象の研究状況について、簡単に整理しておきたい。

私は、以前から、日中混血の女スパイ・鄭蘋如を中心とする日中両国におけるスパイ表象に興味を持っており、萌芽的なものとして「日中混血のディスクール」を『越境するテクスト』に、そして「日本語・中国語双方の文脈における戦争の語りとスパイ像―鄭蘋如を例として」を『帝国主義と文学』に執筆した。

 

越境するテクスト―東アジア文化・文学の新しい試み

越境するテクスト―東アジア文化・文学の新しい試み

 

  

帝国主義と文学

帝国主義と文学

 

  後者の内容は、以下の通り。茅盾『腐蝕』、陳銓の劇作、抗戦期香港・重慶の映画、徐訏『風蕭蕭』や仇章『第五号情報員』の小説と映画化などの中国語圏の代表的なスパイ表象をおさえた上で、鄭蘋如の事件について紹介し、彼女の映画における表象、すなわち『ラスト・コーション(色・戒)』、『諜海四壮士』『上海の月』『上海の女』などにおける描写、加えて『支那の夜』のヒロインとの類似についても言及した。なお、この論文に前後して、日本でも鄭蘋如に関する書籍が二冊出版されたので、興味がある方は参照されたい。

 

美貌のスパイ鄭蘋如(テンピンルー)―ふたつの祖国に引き裂かれた家族の悲劇

美貌のスパイ鄭蘋如(テンピンルー)―ふたつの祖国に引き裂かれた家族の悲劇

 

  

  実は、この段階で気づいていなかったのだが、小泉譲の小説「死の盛粧」も明らかに鄭蘋如をモデルにした小説だ。このことには小泉譲をテーマとする修士論文を2015年度に指導した際に気づかされた。

小泉は満鉄調査部に勤務し、戦時中上海に住んでいた作家。戦後帰国したあとも、中国をテーマとした小説を数多く書いている。「死の盛粧」は以下の本に収められている。

 

南支那海 (1957年)

南支那海 (1957年)

 

 さて、この小泉の小説を映画化したのが、冒頭で述べた田中重雄監督による大映映画『黒豹』(1953)である。修論指導の最中には、この映画を見ることが出来ず歯痒い思いをしたのだが、今回やっと見られることを楽しみにしている次第だ。

 この小泉の小説とその映画化である『黒豹』の存在の発見は、大発見だと思っていた。だが、やはり鄭蘋如をモデルにした『上海の女』(1952)が、デアゴスティーニ・ジャパンの「東宝・新東宝戦争映画DVDコレクション」の一つとして2016年8月に発売されたが、それに付された鈴木宣孝氏の文章でもそのことは指摘されている(「死の盛粧」と『上海の女』類似についても)。「死の盛粧」が『上海の女』のソースの一つであることは疑いなく、『上海の女』と『黒豹』を比較すると何か発見がないか楽しみにしている。

 

  ところで、近年、日本における中国語圏のスパイ表象についての論文が散見されるようになってきた。江上幸子「中国女性スパイの表象―張愛玲『色、戒』のモデルを中心に」『季刊中国』112、2013年はまさに鄭蘋如の表象を扱っている。一方、川島芳子の表象を中心に扱ったものとして、杉野元子「中国語圏映画における川島芳子の表象」(関根謙編『近代中国 その表象と現実』)が出た。あわせて紹介しておきたい。

 

 ※(2017/2/2追記)なお、鄭蘋如をモデルにした小説としては、大薗治夫『上海エイレーネー』が2014年に出ていた。山崎洋子『魔都上海オリエンタル・トパーズ』にも彼女が登場する。

 

上海エイレーネー

上海エイレーネー

 

  

上海エイレーネー

上海エイレーネー

 

  

魔都上海オリエンタル・トパーズ

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ラスト、コーション [DVD]

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ラスト、コーション スペシャルコレクターズエディション [DVD]

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腐蝕 (1961年) (岩波文庫)

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腐蝕 (1954年)

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