備考欄のようなもの

主に、中国語圏の文学・音楽・映画等について記します。

『鸞鳳和鳴』と作詞家・李雋青

 今回は小ネタです。

 戦時上海~戦後香港で活躍した作曲家、梁楽音のことを調べていて思ったちょっとした感想。

 上海時代の梁楽音が作曲に関わった曲に、「紅歌女忙」がある(後述)。映画『鸞鳳和鳴』(1944)の挿入歌。この『鸞鳳和鳴』は、当時の上海を代表する歌手・周璇が出演した音楽映画で、日本支配下で撮られたという政治的背景もあって、現在でも簡単に見ることができない(私も未見の)映画だ。映画そのものを見ることは容易ではないが、梁楽音をきっかけにして、挿入歌を幾つかまとめて聞いてみた。その結果、この映画の作詞を一手に引き受けた李雋青(1897-1966) は、その活動のピークと呼ぶべき素晴らしい成果を残しているのではないか、と思った次第。

 まず、「討厭的早晨」(黎錦光作曲)。


周璇 - 討厭的早晨 - YouTube

ビバルディ『四季』を思わせるイントロからはじまるこの曲。だが、歌詞は中国の雑踏に暮らす庶民の感じる喧騒を描いたもの。そもそも「糞車」から始まる流行歌など、他に見たこともなく、普通ではない。だが、この歌はそれ以上に風刺に満ちていると言われる。「舊被面飄揚像國旗」(風に揺れるボロ布団は国旗のよう)、一説にはもとはボロ布団ではなく使い古しのオシメ(破尿布)だったといい、日本側からも国旗をオシメに喩えたとして問題とされたという(洪芳怡『天涯歌女―周璇與她的歌』133頁)。一方、「糞車」から始まる冒頭の歌詞、「糞車是我們的報曉雞」(汲み取り車は私らにとって夜明けを告げる鶏)の「報曉雞」は、なんと当時の日本の小磯内閣(「小磯」と「曉雞」は中国語で同音)を、風刺したものであり、米売の声は当時の専売制と密売への風刺、国旗のくだりは日の丸の強要への批判であるという(方翔『何處訴衷情』130-131頁)。この曲はもう一曲の挿入歌「可愛的早晨」(陳歌辛作曲)と併せて聴きたいところだがここでは省略。

 続いて、もっとすごいのが「不變的心」。


周璇 - 不變的心 - YouTube

 「あなたは私の魂/あなたは私の命/別れを経て私達はいっそうしっかり結ばれる/新たは星のように遠く蛍のように小さいけれど/明るさを少しでも感じられれば/すべてを変えることはできても/私の心は変えられない」
一応ラブソングの形を取りながらも、これを抗日のメッセージと受け取る人がいたのも当然だろう。作詞家の陳蝶衣はこの曲の抗日のメッセージに惹かれ作詞家を志したという(この映画の続篇的な『鳳凰于飛』は彼が作詞を担当したが、もしかすると李雋青が当局に目をつけられたことも影響?)
 実は映画中のこの曲の歌唱シーンはYoutubeにもアップされていて、バージョン違いが楽しめる。


周璇 不樂的心 ( 鸞鳳和鳴 movie ) 1944 - YouTube
0分12秒から映る指揮者、もしかして陳歌辛?(1分20秒辺りで黄河と交代するが)

もう一曲、この映画の抜粋をyoutubeで見ることができるのが、李厚襄作曲の「真善美』だ。


周璇 真善美 ( 鸞鳳和鳴 movie ) 1944. REPOST - YouTube

この時期、周璇もキャリアのピークに近く、美しい。真善美の代償は脳髄、心血、涙、狂気、沈酔、焦りだと歌い、真理の追求に代償が余儀なくされる現状批判とも受け止められる。

 さて、このように当時の日本の侵略や圧政を批判したとも受け取られるような歌詞を創作した李雋青だが、当時の流行歌の題名を散りばめたお遊びのような楽曲を創作している。それが冒頭で触れた「紅歌女忙」だ。


周璇 - 紅歌女忙 - YouTube

同曲は前半を梁楽音が、後半を嚴工上が作曲するという変わった作りだ。歌詞は「若い女性が流行歌を歌う、周璇の「瘋狂」(=「瘋狂世界」)、李香蘭の「売糖」(=「売糖歌」)」とある。周璇自身が「周璇」と唱うとは、松本伊代が「伊代はまだ十六だから」と歌うのに先んじること37年(だが、その「センチメンタル・ジャーニー」からすでに33年とは!)。だが。これは映画の挿入歌なので、映画の中のキャラクターが周璇のことを歌っているということになるのだろう。その他、周璇の「採檳榔」「送情郎」「郎是風兒姐是浪」、李麗華の「你也要回頭想」「晨光好」、姚莉の「賣相思」「送郎」、白虹の「鬧五更」などの題名が歌い込まれている。このような試みはおそらく上海の流行歌としては初めてではないだろうか。
 日本統治への批判・風刺、そして、このような歌詞に流行歌を織り込む遊び心など、李雋青のクリエイティビティが最も発揮されたのが、この『鸞鳳和鳴』ではないだろうか。

 

※(2014/5/9追記)上で紹介した、映画『鸞鳳和鳴』中の「不變的心」の(誤って「不樂的心」とされている)動画の12秒辺りで登場する指揮者、やはり作曲家の陳歌辛で間違いないようです。台湾大学の陳峙維さんを通じて、陳歌辛の子息・陳鋼氏に確認して頂きました。

 

周璇之歌 第一集 天涯歌女 (復?版) ~ 周璇 (香港盤)

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