備考欄のようなもの

主に、中国語圏の文学・音楽・映画等について記します。

岳華出演映画の日本版DVD

さる2018年10月20日、香港映画界で活躍した俳優の岳華が76歳で死去した。
私は台湾で二度会ってお話したこともあり、その優しいお人柄が印象に残っている。

ここでは、彼の業績を振り返るため、日本で現在も発売中の、あるいはかつて発売されたDVD(一部Blue-ray、VHSビデオ)の情報をまとめておきたい(映画公開順、DVDは原則として最新発売版)。

岳華は1942年上海生まれ。中華人民共和国成立後、上海音楽学院に入学するが、在学中の1962年初めに香港へ移住。ショウ・ブラザーズの設立した俳優養成機関・南国訓練班に加入、エキストラや端役を経て、1966年の『西遊記』の孫悟空役で初めて主役の座を射止める。その『西遊記』と続篇の『鉄扇公主』の間に公開されたのが、胡金銓キン・フー監督の『大酔侠』(1966)である。 この映画では、南国訓練班の同期、鄭佩佩とともに主役(范大悲=大醉侠)を務めた。この当時、わずか24歳。『西遊記』とともに、存分に演技の才能を発揮している。お会いして食事した際、岳華さんは「大酔侠」も今ではあまり酒を飲めなくなってしまった、とおっしゃっていたことが思い出される。

大酔侠 [DVD]

大酔侠 [DVD]

 
大酔侠 [Blu-ray]

大酔侠 [Blu-ray]

 

 翌1967年には、井上梅次監督がショウ・ブラザーズに招かれて撮った『香港ノクターン』こと『香江花月夜』にも出演している。撮影は西本正(賀蘭山)、音楽担当は服部良一という日本人スタッフが多く関わった傑作だが、残念ながら岳華は端役。本人に伺ったところ、服部良一とは会ったことはないとのことだった。

香港ノクターン [DVD]

香港ノクターン [DVD]

 

 同年には中平康監督がショウ・ブラザーズに招かれて撮った『飛天女郎』に主演。監督の才能を感じさせる斬新な映像だが、日本でも香港でもDVDは未発売。岳華さんはロケ地の千葉のことを日本語で「チバ」とおっしゃっていた。

その後、武侠映画全盛の時代へと突入、1970年にはショウ・ブラザーズの重役だった鄒文懐レイモンド・チョウの会社離脱→嘉禾ゴールデン・ハーベスト設立などという事件も起きるが、岳華はショウ・ブラザーズのスター俳優として映画に出演し続ける。

1972年には張徹監督の大作映画『水滸伝』に出演。日本から丹波哲郎黒沢年男が招かれ出演している。彼らの印象について岳華さんに聞くことができなかったのは残念。この年、日台断交。そのあおりを受けて、日本人俳優が香港映画に出演することはこの後ほとんど無くなる。

水滸伝 [DVD]

水滸伝 [DVD]

 
水滸伝 [Blu-ray]

水滸伝 [Blu-ray]

 

 同1972年、岳華は楚原監督の問題作『エロティック・ハウス』こと『愛奴』に主演。本作は香港初のレズビアン映画といわれる。暴力・耽美など、楚原監督の才能が存分に発揮された一作。監督の耽美的な雰囲気は岳華と相性が良かったと思う(後の古龍原作映画を含め)。

エロティック・ハウス [DVD]

エロティック・ハウス [DVD]

 

 この1972年に出演した映画のうち、日本盤DVDが出ているものがもう一作ある。この『14アマゾネス 王女の剣』こと『十四女英豪』は楊家将物語を映画化したもの(程剛・董紹泳監督)。多くの女性スターの中に混じって孤軍奮闘する男性が岳華。香港の離島でロケをした時のエピソードも本人から伺った。 

14アマゾネス 王女の剣 [DVD]

14アマゾネス 王女の剣 [DVD]

 

 1975年に出演した『水滸伝』続篇の『水滸伝 杭州城決戦』こと『蕩寇誌』もDVDが発売されている。監督は張徹と午馬。 

水滸伝 杭州城決戦 [DVD]

水滸伝 杭州城決戦 [DVD]

 

 この1975年には珍品映画に出演している。イタリア・香港合作映画で、テレンス・ヤング監督の『アマゾネス』と、イタリアで人気だった「三人のスーパーマン」ものに便乗し、さらにカンフーとマカロニウエスタン風味をまぶしたような映画。 

スマイルBEST アマゾネス 対 ドラゴン ニューテレシネ版 [DVD]

スマイルBEST アマゾネス 対 ドラゴン ニューテレシネ版 [DVD]

 

 この時期、李翰祥の風月片などにも数多く出演しているが、それらは日本ではDVDになっていない。続いてはまた張徹と午馬が監督した『少林寺列伝』こと『少林寺』(1976)。実は張徹映画における岳華の出演率は決して高くない。張徹の好む肉体派アクションとはやや相性が悪いのではないだろうか。だが、日本では主に張徹や梁家良監督作品が優先してDVD発売される傾向が強く、岳華の出演作の発売は多くない。

少林寺列伝 [DVD]

少林寺列伝 [DVD]

 
少林寺列伝 [Blu-ray]

少林寺列伝 [Blu-ray]

 

 続く『流星胡蝶剣』(こと『流星蝴蝶劍』、1976)は、古龍原作・楚原監督もの。この路線が岳華には合っていたように思う。 

流星胡蝶剣 [DVD]

流星胡蝶剣 [DVD]

 

 次の『武侠怪盗英雄剣』は『楚留香』(1977)のこと。やはり古龍原作・楚原監督で、主演は狄龍。傑作が続く。

武侠怪盗英雄剣 [DVD]

武侠怪盗英雄剣 [DVD]

 

 日本盤が出ていない『三少爺的劍』をはさみ、1977年の古龍原作楚原映画のDVDはもう一つ出ている。

多情剣客無情剣 [DVD]

多情剣客無情剣 [DVD]

 

 1970年代も終わりに近づくと、岳華もショウ・ブラザーズ以外の出演作が目立ってくる。続いては1980年に台湾で制作・公開された、ややオブスキュアな映画、『真説モンキーカンフー』こと『醉步迷猴』( 羅熾監督)。これが日本でビデオとして発売されていたのは意外だが、この当時、ショウ・ブラザーズよりも弱小映画会社のフィルムのほうが日本でソフト化しやすかったのかもしれない。

 1980年代に入ると香港新浪潮電影=ニューウェイブ映画の時代へ。その旗手の一人、唐基明のデビュー作、『狼の流儀』こと『殺出西營盤』(1982)に岳華も警官役で出演している。葉童のヌードシーンでも話題になったというこの映画だが、他の出演者の多くは岳華も含めオールドスクール。だがかつての青春スター秦祥林が、ここでは影のある元ヤクザを演じ、新境地を開拓している。

狼の流儀 [DVD]

狼の流儀 [DVD]

 

 1980年代半ばにショウ・ブラザーズも映画製作を中止し、岳華もしばらく映画出演が途絶えていた。そんな彼の数年ぶりの映画出演となったのが『香港・東京特捜刑事』こと『皇家師姐III雌雄大盜』(1988)。これは女警官ものとして人気を博した「皇家師姐」シリーズ第三弾で、過去の二作がミシェル・ヨー楊紫瓊の主演だったのに対し、本作以降は楊麗菁シンシア・カーンの主演。前作の『皇家戦士』にも真田広之が出演していたが、本作では藤岡弘や西脇美智子が出演。岳華にとっては、日本人との共演はおそらく『水滸伝』以来となる。このあたりの話も聞いておきたかった…。岳華は宝石デザイナー山本役。

香港・東京特捜刑事 [VHS]

香港・東京特捜刑事 [VHS]

 

 翌1989年には、吳宇森ジョン・ウーと午馬の監督による『ワイルド・ヒーローズ 暗黒街の狼たち』こと『義膽群英』に出演。これは張徹監督が映画に従事して40周年になるのを記念してオマージュを捧げたもので、 姜大衛、李修賢(ダニー・リー)、陳觀泰が三兄弟を演じる。もちろん狄龍も出演。張徹映画への出演率がさほど高くない岳華は三兄弟の父(元ヤクザ)の友人という役どころ。 

 次は1995年、ついにジャッキー・チェンの映画に登場。『レッド・ブロンクス』こと『紅番區』。香港映画だが舞台設定はニューヨークで、カナダでロケを行い、ジャッキーの全米進出の足がかりとなった映画だ。だが、不動産屋役の岳華は、一瞬映る程度の端役にすぎない。それでも数年ぶりの映画出演、ファンはその姿に喝采したことだろう。

レッド・ブロンクス [DVD]

レッド・ブロンクス [DVD]

 
レッド・ブロンクス ― スペシャル・エディション 2枚組 [DVD]

レッド・ブロンクス ― スペシャル・エディション 2枚組 [DVD]

 

 次は2006年の『傷だらけの男たち』こと『傷城』。数年前に『インファナル・アフェア』こと『無間道』シリーズを大ヒットさせた劉偉強アンドリュー・ラウと麥兆輝アラン・マックのコンビが監督。岳華は殺害される富豪役。他の出演者も豪華。

傷だらけの男たち [DVD]

傷だらけの男たち [DVD]

 

 次は2008年の『三国志』こと『三國志見龍卸甲』。趙雲(劉德華アンディ・ラウ)を主人公に据えるという大胆なアレンジ。岳華は劉備で狄龍が関羽という配役。監督は李仁港ダニエル・リー。

三国志 [Blu-ray]

三国志 [Blu-ray]

 

 以上が、現時点で確認できた日本でソフト化されている岳華の出演作だ。

最新作(遺作)は2016年の『樹大招風』。強請られる大富豪を演じた。この富豪は李嘉誠をモデルとしており、テレビドラマ『珠光寶氣 』でも同様の役を演じた、ということは御本人の口からも聞かされた。日本でも『大樹は風を招く」として2016年の第17回東京フィルメックスで上映されたがDVDは未発売。

このようにまとめてみると、意外と近年の出演作のDVD化率が高いように思われる。ショウ・ブラザーズ時代は日本国内におけるDVD発売の偏向のため、岳華出演作の発売点数が少ないように思われる。なんとか是正して、また楚原や李翰祥監督のDVDも発売してほしいものだ。