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主に、中国語圏の文学・音楽・映画等について記します。

山口淑子(李香蘭)主演の幻の映画『四つの幻想』

 以前、このブログに山口淑子李香蘭の出演映画をまとめた(こちら)。だが、調査を進めると、そこから漏れていた映画の存在が浮かび上がってきた。それが、1951年公開の映画『四つの幻想』である。以下は『近代映画』7巻8号(1951年8月)に掲載された写真だ。

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記事を文字に起こすと、以下のようになる。

 一年ぶりに歸國して、日本滞在約二十數日。
 ふたゝびホリウッド映画「東は東」出演のために渡米した山口淑子さん[。]出るはずだつた東寶の本格的な映画もオヂャンになつて、そのために三日間で撮影完了という超スピード短篇音樂映画「四つの幻想」を製作して、久方ぶりに日本の山口ファンに應えた、これはその場面スナップ集である。製作も早いが封切もスピード、すでに六月初旬スクリーンにお目見得しているが、見落されたファンのため、こゝに誌上再現する!

 

 この記事からは、この映画が急遽企画されたものであり、また「歌うアルバム」とあるように、音楽中心で大したストーリーのない映画であったことが窺える。

 それでは、この映画で歌われた楽曲は、いったいどのようなものだったのだろうか。

実は、読売新聞にこの『四つの幻想』の広告が掲載されている。

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左が、6月4日、右が6月7日の広告である。これらからは、この『四つの幻想』が『メスを持つ処女』との同時上映であったこと、そして日劇ダンシングチームが『四つの幻想』に出演していたことが分かる。だが、気になるのはその曲目である。広告には、「お江戸日本橋」「珊瑚礁の彼方」「愛の花びら」「夜来香」の四曲が記されている。すなわち、それぞれ日本、ハワイ、フランス、そして上海の楽曲がフィーチャーされているのである。

では、この映画の音楽を担当したのは誰だろうか。その答えは、当時のポスターの中にあった。

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『四つの幻想』の部分を拡大すると、

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このようになる。「演出」とクレジットされているが、実質的な監督は田尻繁。1950年から1957年にかけて主に東宝でこの映画以外に10本の映画を撮った監督だ。そして、音楽担当は、山口淑子とは縁の深い服部良一だったのだ。

 さて、この映画でフィーチャーされた4曲について考えてみたい。「お江戸日本橋」は、日本の民謡で山口は正式にレコーディングはしていない。冒頭に掲げた『近代映画』の四幅の写真のうち、右上の写真がこの曲のシーンだと思われる。続く「珊瑚礁の彼方」は日本では山口淑子がいち早くレコーディングしたことで知られるハワイアンの名曲Beyond The Reef(ただし、山口のレコードでは「珊瑚礁の彼方に」となっている)。ワイキキで活動していたカナダ人ピアニスト、ジャック・ピットマンが書き、ナプア・スティーヴンスが録音した後、ビング・クロスビーのカバーによって有名になった曲。もしかすると渡米していた山口自身が(クロスビー版を)持ち帰ったのかもしれないが、前年の1950年にハワイで公演を行った服部良一が持ち帰った可能性も高い。だが、レコード(日本コロムビアA1170-A)ではなぜかコロムビアの編曲家として名高い(戦前の李香蘭の多くの曲の編曲も手掛けた)仁木他喜雄が編曲を担当している。録音はこの映画撮影と同じく短い帰国の間(1951年5月9日)、レコードの発売は映画公開の一週間後の6月15日だった(録音データは、CD『伝説の歌姫 李香蘭の世界』による)。『近代映画』の記事の左下の写真がこの曲のシーンであろう。 

伝説の歌姫 李香蘭の世界

伝説の歌姫 李香蘭の世界

 

  一方、三曲目の「愛の花びら」は、「ラ・ヴィ・アン・ローズ(愛の花びら)」(日本ビクター V-40660)として、1951年11月に発売された。フランスのエディット・ピアフの代表曲として知られるこの曲だが、山口淑子版はレコードでも服部良一が編曲を担当している。『近代映画』記事の左上の写真がこの曲のシーンだろう。

ゴールデン☆ベスト 山口淑子(李香蘭) 夜来香~何日君再来

ゴールデン☆ベスト 山口淑子(李香蘭) 夜来香~何日君再来

 

 四曲目の 「夜来香」は言わずと知れた李香蘭の上海時代の代表曲で、上海百代に吹き込んだが、日本に帰国後も日本語で再録音しているが、その再録音版(日本ビクターV-40303)は服部良一の編曲、1949年に吹込み、1950年1月に発売されている。『近代映画』の右下の写真がこの曲のシーンだろう。

 ところで、服部良一は「ビヨンド・ザ・リーフ」にはこだわりがあったのか、毎日放送のラジオ番組『服部良一アワー』の1954年8月29日放送分では山口淑子が三曲の歌を披露したが、そのうちの一曲として「ビヨンド・ザ・リーフ」を歌っているのである(横浜の放送ライブラリーで視聴可、こちらを参照)。仁木他喜雄のアレンジとは異なる自分のバージョンを披露したかったのだろうか?残りの二曲は「支那の夜」と「夜来香」で、一曲も服部自身の作曲した曲がないのが面白いが、実はこの『服部良一アワー』の「夜来香」は20分余りあるバージョンで、戦時上海で服部が編曲した「夜来香ラプソディ」を思わせるものである。服部はレコードには残せなかった夢をラジオ番組で再現しようとしたのだろう。だとすると、『四つの幻想』の「夜来香」はどうだったのだろうか。やはり「夜来香ラプソディ」に近いロングバージョンであった可能性が高いのではないだろうか?

 歴史に埋もれてしまったこの映画、どこかにフィルムが残っていて目にすることができれば素晴らしいのだが…。今後の発掘に期待したい。