備考欄のようなもの

主に、中国語圏の文学・音楽・映画等について記します。

「植民地期の韓国映画と日本映画の交流について」

 さる3月2日(土)、立命館大学にてJSPS二国間交流事業共同研究 シンポジウム「植民地期の韓国映画と日本映画の交流について」が開催された。幸い、ツイッターなどの情報により開催を知り、当日朝からすべての発表を聞くことができたので、感想を簡単に記す次第。

 私は朝鮮半島の専門家でもないので、聞きながら感じたことは、(同様に日本の植民地であった)台湾との比較の視座の有効性だ。10本の発表のうち、台湾との比較について直接言及があったのは、トップバッターの上田氏ぐらいであったが、その分、まだまだ考察の余地が残されているといえるだろう。

 以下、簡単に感想を述べる。

  • 上田 学 (早稲田大学演劇博物館客席次席研究員)「大韓帝国皇太子記録映画の日本における受容」
    1909年、大韓帝国皇太子の姿を収めた記録映画について。日本における上映は限定的だったとして、1907年台湾で撮影された記録映画『台湾視察』と比較している。『台湾視察』は「台湾生蕃歌妓団」を随行させるなどオリエンタリズム的な視点があったのに対し、大観亭湖国皇太子映画の方はそのようなものが見られない、という。ただ、そのことに触れるのであれば、単一民族幻想の強い朝鮮半島と、漢民族以外に原住民も暮らしている台湾との状況の違いをまず押さえるべきではないか、と感じた。

  • 冨田 美香 (立命館大学准教授)「帝国日本のアマチュア映画文化 朝鮮での展開」
    本題に入る前に、枕として京都の映画業の発展を話された。特に立命館大学に近い洛西地区での映画業について話され、そこには多くの朝鮮人も関わっていた、という話は興味深かった(奇しくも太秦は、古代の朝鮮半島からの渡来人が住んでいたことに由来する地名である)。私自身の母校も立命館大学のすぐ近所なので、面白く伺った。また、本題の小型映画文化、初めて聞く話だが、大変興味深かった。台湾ではどうだったのだろう。

  • 雨宮 幸明 (立命館大学大学院博士後期課程) 「プロキノと国際的労働映画運動 ―WFPLとKAPFとの交流比較―」
  • 李 孝仁 (慶熙大学副教授) 「KAPF映画とプロキノの展開過程の比較研究」
    この両者は共に朝鮮におけるプロレタリア映画活動を扱っていて、近いテーマ。

  • 韓 相言 (漢陽大学講師) 「1920年代初頭の朝鮮の映画産業と朝鮮映画の誕生」
    ソウルの1910年代、1920年代の地図を示しながら、日本人居住区に劇場が作られていったこと、一方朝鮮人の藻が集まる空間は危険視されたため中々劇場が作れなかったことが指摘されていて、興味深かった。同化や差別をめぐる映画の内容も興味深い(台湾の『君が代少年』などと比較することも有効かもしれない)。

  • 梁 仁實 (岩手大学准教授)「在日朝鮮人/在朝日本人の映画経験」
    この方が書いた映画における在日の表象についての論文は読んだことがあったが、今回の発表は戦前に限定される。1933年の日本映画『河向ふの青春』には東京在住の朝鮮人が出演した、との指摘があり、なおかつこの映画を製作したPCLがやがて東宝へと名前を変えることと、東宝が『望楼の決死隊』など内地と朝鮮との関係を扱った映画を撮ることとの間の関連の可能性の指摘は興味深かった。梁氏は述べていなかったが、『河向ふの青春』は、東宝(中華電影も)で活躍し大陸ものを手がける松崎啓次も関わっているし、配給は川喜多長政の東和商事である!ということで、中国も視座に加えると、さらに見えてくることがあるのではないか。

  • 鄭 琮樺 (韓国映像資料院研究員)「比較映画史的な視点から見た植民地の朝鮮の発声映画」
    初期のトーキー映画の様々の試みが紹介される。それにしても台湾とは違って、朝鮮では数多くの映画が作られていたんだなあ、と素朴な感想を抱いた。

  • 斉藤 綾子 (明治学院大学教授)「『新派的なるもの』をめぐって」
    面白かった。新派劇の「新派的」という概念を使って植民地朝鮮で撮られた2つの映画を分析する。『半島の春』は悲劇であるのに悲劇とは描けない植民地状況により、映画を撮ることの不可能性が現れているという。どこかで『新派的』なるものの定義について、詳しく書いておられる文章はあるのだろうか。私自身最近トルストイ『復活』と中国語映画について発表したばかりであり、興味をそそられた。どなたか参考文献をご存知でしたらご教示ください。

  • 咸 忠範 (漢陽大学講師)「1940年代植民地朝鮮でのニュース映画: <日本ニュース>を中心に」
    この方、一人だけかなり時間オーバー、他の方の発表時にも私のとなりでずっとしゃべっておられた。テーマは興味深いし、台湾の場合はどうだろう、などと思わされたのだが。

  • 崔 盛旭 (明治学院大学非常勤講師)「植民地の無意識、崔寅奎の場合」
    具体的な映像に基づきながら、ジャック・ラカンの「視線」と「凝視」という概念を用いた分析。

    というわけで、全体的に大変刺激を受けるシンポだった。京都大学の水野直樹氏(朝鮮近代史)も質疑応答で発言されたが、植民地朝鮮の映画にも大変お詳しいようだ。一方で、映画のシンポなどにありがちなことだが、アカデミズムの外の人が手を挙げてやや頓珍漢な質問をしていたのには、ちょっとしらけてしまったのだが。

    韓国映画史 開化期から開花期まで

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