備考欄のようなもの

主に、中国語圏の文学・音楽・映画等について記します。

【書評】郭強生『惑鄉之人』(台北:聯合文学、2012)

 「その年、李香蘭は台湾へ公演に来た」「その年、ブルース・リーはこの世を去った」などの惹句が裏表紙に記されている本書。また、小説の冒頭から、王羽、何莉莉、李小龍らの名前が続出する。中国/香港映画史に興味をもつ人間にとって、なんと面白そうな小説だろうか。そのような興味から、この郭強生による長篇小説『惑鄉之人』(台北:聯合文学、2012)を読み始めたのだが、いい意味で期待を裏切られたようだ。

 

 1984年の場面から、この小説は始まる。久しぶりに故郷(花蓮近郊であることが後で分かる)に戻ってきた小羅が、この町唯一の映画館の(この時既にストリップ小屋と化していた)吉祥戯院が壊されるのを目の当たりにするところから始まる。小羅の父(老羅)は映画館の看板描きであり、小羅は小さい時から映画のポスターを蒐集していた。

 

 このような書き出しにより、読者は『ニュー・シネマ・パラダイス』のような、古い映画に対するノスタルジーに溢れたストーリーがこのあと展開するだろうと予想するかもしれない。だが、小羅にとっての過去はノスタルジーの対象などではない。彼は映画と関わることによって人生の破滅を迎えたのだ。

 

 次に登場するのは2007年の場面。アメリカで育ち、アメリカ国籍の映画研究者・松尾健二は、台湾映画界にその足跡を残した祖父・松尾森のことを調査するため、台北に現れる。六〇年代に台湾で映画を撮影した数多くの日本人監督のリストの中に松尾森も含まれていたのだ。確認できる最後の彼の記録は、未完に終わった一九七三年の映画『多情多恨』であった。

 

 続いては1973年の映画の撮影時期に移る。ちょうどブルース・リーが死んだばかりの時期。抗日映画を撮るというので、この東部の町全体を日本統治時代の様子に飾り直す。ところが主役は台湾のスター俳優などではなく、日本人の新米俳優であった。実は日本映画を台湾との協力のもとで作成していたところ、日台断交により映画が上映できなくなり、いっそのこと監督や俳優が日本人であることを伏せて台湾映画として完成させようとしていたのだ。

 

 三部構成のうちの第一部「君が代少年」では、この三つの時代が交錯することにより、徐々に背景と謎が明らかになる。第二部「多情多恨」は、主に小羅と、第一部でもちらりと姿を表した、第二次大戦中の台湾人日本軍兵士の亡霊の視点によって彼らの過去が浮き彫りにされる。第三部「君への思いを絶たん」において、いよいよ松尾森の過去が明らかになる。彼は実は台湾生まれであり、台湾の少年に対して過度な思い入れを持っていたのだ…。

 

 以上で触れた登場人物以外にも様々な人物が登場するが、それぞれ台湾という土地にあってディアスポラ、あるいは根無し草の性質を有している。老羅は東北出身で軍とともに台湾へとやって来た外省人である。台湾人日本軍兵士の霊も、もはや帰るところはない。松尾健二も日米のアイデンティティに引き裂かれ、松尾森もまた台湾と日本の間で引き裂かれている。そのような、エスニックなアイデンティティの危機と同時に、ここではセクシュアルなアイデンティティの問題も浮き彫りになる。同性愛者に対する偏見が台湾においてもまだ深かった時代である。そしてエイズ。少年愛あるいは年齢差性愛。

 

 このような問題が、この小説では台湾の歴史的・民族的背景と溶け合っているのが興味深い。台北、特に大稲埕の町並みなども実にうまくプロットに溶け込んでいる。また、1973年の場面において、外省人の小羅の友達として登場するのが、原住民の阿昌、そして本省人で養女として虐げられている蘭子。彼ら三人の関係は、楊雅喆脚本・監督の台湾映画『女朋友。男朋友』(第8回大阪アジアン映画祭において『GF*BF』として上映予定)の主人公たち三人の関係とよく似ている。が、ここではそのエスニシティがそれぞれ異なることもあり、より複雑な様相を呈する。戦前・戦中における歴史的出来事としては1941年の李香蘭の台北大世界館における公演が描かれる。また1935年の台湾大地震の際に「君が代」歌って息を引き取ったとされる「君が代少年」の物語も重要なサブテクストとして小説に登場する。「内台共婚」を題材とする庄司総一の小説『陳夫人』(1940、1942)に言及されることも興味深い。ネタバレになるので詳しいことは省くが、デイヴッド・ヘンリー・ホアンの『M.バタフライ』が『蝶々夫人』に対する異議申し立てだとするならば、この小説は『陳夫人』に対する異議申立てといえるのではないだろうか。

 

 映画に関しては、『戦場のメリークリスマス』が重要な小道具として使われている。1970年代のアクション映画が、男性の身体に対する少年の性的欲求を喚起していることも興味深い。また、日本と台湾の映画交流史が(例えば日本と香港の交流史のかなりの部分が明らかになっているのと比べ)未解明の部分が多いことを逆手に取り、いかにもありそうな実在しない映画を捏造しているが、その際に引き合いに出されるのが深作欣二監督の知られざる日台合作映画『カミカゼ野郎 真昼の決斗』(1966)。それにより、この架空の映画の真実味を増すことに成功している。その他、川喜多長政の名が登場したり、台湾語映画の盛衰なども描きこまれてしていて、台湾映画史の知識があれば、この小説を一層楽しめることうけ合いである。

 

 小説の舞台となる東海岸の町は小説中「吉祥村」「吉祥鎮」と記されており、これは花蓮の南外れにあった日本人移民村、吉野村(現・吉安鄉)を意識したものであることは疑いない。吉野村は、その名から分かるように徳島県からの移民が多く、その他の西日本地域からも多くの人が移住したが、実は吉祥村で育った松尾森の引き上げ先は高知県の田舎であり、そのことも彼がルーツが徳島周辺の西日本にあることを裏付けている。

 

 この小説は、このように単にアイデンティティの危機を理念先行的に描こうとするものではない。様々なエスニシティを含み持つ台湾社会・台湾史全体を小説の中に溶けこませることで、台湾、そして日本、日台関係全体を俯瞰する壮大な物語となっているのである。

 

 著者の郭強生氏は1964年生まれ、国立台湾大学外文系卒業、ニューヨーク大学で博士学位を取得し、現在は花蓮・東華大学英米文学科の教授である。外省人で、父が台湾師範大学美術系教授で、映画の芸術指導も担当したことから、子供の頃から映画界と接触があり、よく李翰祥、胡金銓といった大監督の家にも出入りしていたという。他にも劇作や小説集を数多く出版しているが、未見。(映画をこれほどまでに中心的に扱ったものはないだろうが)他の著書も読んでみたい。

 

 最後に気になったこと。著者は、映画史についてはすべて真実を記したとしているが、いくつか気になったことがある。1960年から1970年までの間に台湾で撮影した日本人監督リスト(166ページ)に、三池崇史の名があるが、それはありえない。李香蘭の出演した映画を307ページでは『萬古流芳』としているが正しくは『萬世流芳』。川喜多が日本に持ち込んだとされる『花木蘭』(263ページ、307ページ)は『木蘭従軍』が正しい。「蘇州夜曲」の日本語歌詞が2回引用されるが、いずれもなぜかそこだけが中国大陸式の簡体字で記されているのは奇妙に感じた。

 

 この小説には、台湾に対して思い入れやコンプレックスを持つ複数の日本人が登場する。特に松尾森のような「湾生」日本人の問題は、日本の読者にも共有されてしかるべきだろう。また、李香蘭に関心があったり、中国・台湾・台湾香港映画に詳しい日本の映画ファンともこの小説を共有したいという思いもある。日本語訳を読みたいという声が多ければ、ぜひ翻訳を検討したいと思うので、声を寄せて頂ければ幸いである。

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