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備考欄のようなもの

主に、中国語圏の文学・音楽・映画等について記します。

トルストイ『復活』と中国語映画・演劇・流行歌曲

 あまり考えがまとまっているわけではないのだが、研究テーマの萌芽のようなものが浮かんできたので、とりあえずメモする次第。

 トルストイ『復活』と言えば、その名を知らぬ人はいない超有名小説だが、日本では芸術座により1914年に舞台化され、主演の松井須磨子らにより劇中歌「カチューシャの唄」が歌われたこともよく知られている。「カチューシャの唄」はレコードとしても発売されて大ヒットし、また1914年の『カチューシャの唄』『カチューシャ』など、日本では八度も映画化されているという。

 それでは、中国ではどうだったか(翻訳史などは省き、舞台化・映画化のみについて記す)。恐らく中国における『復活』の最初の映画化は、『良心的復活』(明星、1926、卜萬蒼監督)であると思われる。楊耐梅が主演の無声映画だが、実はこの映画は中国で最初の主題歌が付けられた映画なのである。そもそも当時は無声映画の上映時には伴奏が付けられるのが一般的だったが、この映画では歌の場面になるとスクリーンが上がり、劇中と同じ衣装を着た楊耐梅が登場し、伴奏者をバックにして歌を歌う、というものであった。彼女が歌った「乳娘曲」はレコードにも吹き込まれ、中国映画がレコード音楽と初めて接点を持つことになった。「乳娘曲」はここで聞けるが、「カチューシャの唄」とは異なり、西洋音楽の要素が少なく、中国の伝統演劇・音楽の雰囲気を多分に残したものでものであった。

 文明戯の時代に春秋劇社も『復活』を上演しているようであるが、話劇(新劇)の世界では、少なくとも二度『復活』を元にした同題の脚本が書かれている。執筆したのはそれぞれ田漢(1936)、夏衍(1943)という演劇界の大御所だった。田漢のバージョンは、当時南京で十日連続で上演され、連日満員であったという。この頃の田漢は、映画界にも深く関わり、映画の主題歌の作詞も多く手がけている。例えば、『風雲児女』の主題歌「義勇軍進行曲」は、戦争中歌い継がれ、ついには中華人民共和国の国歌の座を占めることとなった。従って、田漢版『復活』の特徴としては、カチューシャの目覚めと反抗に重点を置くプロットの他に、挿入歌が組み込まれた点も挙げられる。これは『回春之曲』などの当時の田漢の他の劇作とも共通する特徴だが、ここでは田漢作詞・賀緑汀作曲の「怨離別」「囚徒之歌」、田漢作詞・冼星海作曲の「茫茫的西伯利亞」などが使われた。なお、田漢は東京留学中に芸術座の『復活』上演を目にしている可能性が高く(小谷一郎「田漢と日本(一)―「近代」との出会い」『日本アジア研究』創刊号、2004、pp.93-94→http://sucra.saitama-u.ac.jp/modules/xoonips/download.php/KY-AA11946779-4.pdf?file_id=1809)、劇中で歌を使うことは、そこからヒントを得たとも考えられる。

 一方、1943年に戦時首都・重慶で上演された夏衍版『復活』にも、歌が使われた。音楽を担当したのは盛家倫。映画『夜半歌声』で朗々たる歌声を聞かせた彼は、この時重慶で、文芸サロン「二流堂」メンバーとして夏衍と近しい関係にあった。盛家倫が『復活』のために作った曲は、やはり「二流堂」メンバーの漫画家・丁聡が仮歌を歌ったという→ここ。)

 さて、戦後の香港でも、『復活』を下敷きにした映画が幾つか作られる。香港電影資料館の館蔵検索によると、『復活』を改編した広東語映画には洪仲豪と高梨痕が監督し、白燕らが出演した『再生縁』(1948)、陳文監督、張瑛、芳艷芬らが出演した『復活』(1955)があるが未見。一方北京語映画では、岳楓監督、白光、厳俊主演の『蕩婦心』(1949)と、卜萬蒼監督、李香蘭・趙雷主演の『一夜風流』(1958)がある。『蕩婦心』については、すでにこちらにレビューを記した。五曲の挿入歌があるが、詳細は不明とした「嘆十声」の作曲者・黎平は、こちらによると、白光自身がこれは陳歌辛の筆名であると語っていたという。一方の『一夜風流』だが、なんとこれは卜萬蒼監督が『良心的復活』以来32年ぶりに手がけた『復活』リメイクである。日本から山口淑子李香蘭を招いて作ったこともあり、こちらも六曲の挿入歌が使われている。残念ながら香港電影資料館にもフィルムは保存されていないようであり、今日この映画を見ることは困難。挿入歌のうち、姚敏作曲・李雋青作詞の「三年」は、若旦那の帰りを待ち続ける思いを歌った歌詞であるが、今でも広く歌われている歌である。李香蘭が演じる葛秋霞Ge Qiuxia、趙雷が演じる劉道甫Liu Daofu、それぞれカチューシャと(ネフ)リュードフに音が似ているという芸の細かさも(下は私のコレクションより『一夜風流』特刊画像)。

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 というわけで、中国~香港でも『復活』はしばしば演劇・映画に改編されてきた。そして、その多くは歌曲とともに演じられる。『復活』の物語は抗日戦争や左翼思想と共鳴しただけではなく、通俗的なストーリーとして演劇、映画、そして歌曲といったジャンルと親和性を持つことが窺える。そしてそこには、日本における「カチューシャの唄』の流行も間接的に影響しているかもしれないのである。

<補記>ツイッター経由で1937年の劉吶鷗脚本、呉村監督の『永遠的微笑』(胡蝶主演)、1941年の梅阡監督『復活』(李麗華主演)もトルストイ『復活』の改編ないし影響下にある、という指摘をそれぞれ頂いた。『永遠的微笑』では胡蝶は歌手を演じており、当然映画の中では歌も使われただろう。一方、『復活』では李麗華は『小山歌』という曲を歌っており、CDなどでも聞くことができる。ネット上ではここで。

復活 (上巻) (新潮文庫)

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復活〈下〉 (新潮文庫)

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復活〈上〉 (岩波文庫)

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復活 下 改版 (岩波文庫 赤 619-8)

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復活

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復活 [DVD]

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ペンと戦争―夏衍自伝

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幻の重慶二流堂―日中戦争下の芸術家群像

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「李香蘭」を生きて (私の履歴書)

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