備考欄のようなもの

主に、中国語圏の文学・音楽・映画等について記します。

『デ・スーナーズ/テレサ』から二題~杜麗莎とロータス蓮花樂隊について

テレサ

テレサ

先日、『デ・スーナーズ/テレサ』というCDが、日本コロムビアから再発された。これは、香港経由でフィリピンからやってきたデ・スーナーズ(香港でプレイしていたところを加山雄三の妹夫婦にスカウトされ日本にやってきたという)という異色のGSグループの、1971年の幻のアルバム(DENON CD5032)をCD化したものである。私も『レコード・コレクターズ』2012年2月号の「私の収穫2011」において鈴木やすし氏が紹介されているのを見てその存在を初めて知ったところだった。

 この『デ・スーナーズ/テレサ』は、3年ぶりに発売された彼らのアルバムで、後述するように若干のメンバーチェンジがある。が、より注目すべきは、タイトルにあるように「テレサ」という歌手が二曲でゲスト参加している点であろう。

 テレサとは何者か。オリジナル・ライナーノーツでは、以下のように記されている。

 

 

フィリッピンと香港の混血娘テレサも、日本人の女性歌手が束になっても敵わないようなフィーリングを持っている。歌は多少荒っぽいところもあるが、そのパンチと黒人的フィーリングは、このLPにも入っている「ゲット・レディ」などにも良く現われているが、スーナーズのバッキングと相まってエキサイティングな迫力をぶっつけている。このテレサは、デノンからソロでシングル盤を出している。

 

たった二曲しか歌っていないのにもかかわらず、先の鈴木やすし氏の文章でも、「当時14歳の女性シンガー”テレサ”の歌唱力が圧巻。」と絶賛されている。一方、小川真一氏によるCD解説では、さらなる情報がある。

 

このテレサについても判らないことが多いのだが、フィリピンと中国のハーフで、香港で歌っているところを勝新太郎にスカウトされ、71年の6月にDenonレーベルよりシングル「混血児マリー」でデビュー。得られる情報としてはこれくらいだ。歌声を聞いた限りでは、歌唱力もあり14歳とは思えないほどの実力を持っている。

 

勝新太郎がスカウトとは興味深い、と思って検索すると、なんと当時の記事を転載したサイトを見つけた。出典不明ながら、1971年当時の記事であることは間違いなさそうだ。

座頭市のオジサンが混血児テレサをバックアップ

 デノンから6月新譜の「混血児マリー」でデビューしたテレサ(14歳)。
彼女は、歌のタイトルどおりフィリピンと中国のとの混血。
5歳の時、香港の“歌のコンテスト”で優勝。以後、学校に通いながら香港のテレビ、ステージで活躍していたが、昨年10月たまたま香港を訪れた勝の目にとまったものだ。
日頃から、大の“座頭市”ファンとあって「日本へ来て歌手にならないか」と勝がすすめたところ、二つ返事でOK。
 
 鈴木やすし氏、小川氏の文章でテレサを14歳と明記しているのはこの記事に基づくのかもしれない。

なお、テレサ「混血児マリー」(あいのこまりー)はyoutubeでも聴ける。

 
ムード歌謡風のサウンドに乗せて、ややつたない日本語で歌われるが、その歌唱力は本格的である。先の記事にある、勝新が昨年(1970年)10月に香港に行ってスカウトしたということは、大いに有り得ると思われる。というのも勝新が主演した日本=香港合作映画『新座頭市 破れ!唐人剣』は日本と香港でそれぞれ71年1、2月に上映されており、その打ち合わせなどのために香港を訪れたこともあっただろうからだ。
また、この「混血児マリー」は1971年の勝新太郎監督主演作『顔役』に使われたようである(こちらのサイト参照→http://www.asahi-net.or.jp/~hi2h-ikd/film/kaoyaku.htm)。キャバレーのシーンで使われるとのこと、もしかするとテレサもそのシーンで出演しているのかもしれない。『顔役』未ソフト化ながら時々CS放送などで放送されているようで、最近では2012年5月にチャンネルnecoで放送されているが、見逃してしまった。再度の放送やDVD化を期待したい。
 
と長々と書いてきたが、香港の古い流行音楽シーンを知る人にとっては、このテレサが何者かを突き止めるのは、それほど困難なことではないだろう。その名は杜麗莎Teresa Carpio。中比混血という事実や『デ・スーナーズ/テレサ』の小さい写真も、その判断材料の一つであるが、何よりもその歌声。興味のある方は、70年代のオムニバスCDボックス2種
など、あるいはオフィシャルサイトやyoutubeで聴ける彼女の歌声と聴き比べていただきたい。近年もCDを出しているので、そちらも入手可能。彼女のオフィシャルサイトはこちら→http://www.teresacarpio.com/
こちらにあるバイオでも、彼女が6歳でコンテストに優勝し、11歳でタヒチで自分自身のショウを披露し、14歳で日本のテレビに出演したことなどが記されている。香港でのレコードデビューは1975年なので、「混血児マリー」は彼女の最も早い録音ということになるだろう。近年では映画『プロジェクトBB』などにも出演している。
 テレサの家庭のバックグラウンドも興味深い。デ・スーナーズがフィリピンから直接香港にきたと思われるのに対し、ジャズ・ドラマーである彼女の父Fernando Carpioは、1932年に上海で生まれ、日中戦争勃発のため、1937年に香港に移り住んだのである(こちらのサイト参照(http://aceherofilms.com/service/talent/fernando.html)。その父Fred Carpioもまた音楽家で、上海でバイオリンやギターを弾いていた後、香港でもナイトクラブなどで演奏したようであることが幾つかのサイトの情報からわかるが、今後、上海側の資料の中に彼に関する記録がないか、調べてみたいところである。
 なお、彼女の母は「施」姓の上海人であり、弟の施偉然(Silvester See=Fred Carpio)も音楽家。妹のCharlingの夫は日本人で、東日本大震災当時Charlingは夫の実家・福島にいて被災(→http://www.youtube.com/watch?v=tYSPLICylSc)。テレサらは香港で震災のためのチャリティ・コンサートを開催している。
 
 さて、『デ・スーナーズ/テレサ』については、もうひとつの興味があった。音楽家の鈴木慶一氏は、アグネス・チャンのバックで香港ツアーに行っている。『レコード・コレクターズ』2011年2月号のインタビューにおいて、鈴木氏が次のように述べているのは印象的だった。
 

 その直前でアグネスのバックで香港に行ったのも大きいな。香港のディスコで現地のバンドとセッションしたんだけど、ロータスっていうバンドがあった。映画音楽なんかもやっていて、うまいバンドだったんだけど、なんとベーシストがデ・スーナーズ(60年代に日本で活躍したフィリピン人による実力派GS)のベーシストだったんだよ。なんか東アジアの音楽シーンを見るような気がしたね。

 

短いものだが、同様の証言はこちらのサイトにもある。このインタビュー記事は、鈴木慶一とムーン・ライダーズ『火の玉ボーイ』がエキゾチックな色彩を持っていることに香港ツアーが影響していることの証言としても重要だが、何と言ってもサミュエル・ホイ(許冠傑)のバンドであるロータスと鈴木氏が共演している、ということに驚かされた。サミュエル・ホイといえば、言うまでもなく「Mr.Boo」シリーズて知られるホイ兄弟の一員にして、映画や歌で活躍した大スター。ロータス蓮花樂隊というバンドは、彼がかつて所属していたバンドで、この時期には彼は既にソロ歌手としてのキャリアをスタートしていた。だが、ホイ兄弟の映画の最初の二作、すなわち『Mr.Boo!ギャンブル大将』『天才與白痴』にも「蓮花(大)樂隊」というクレジットがあり、当時の彼のバックバンドを「蓮花(大)樂隊」と称していたのだろう。

 以前この記事についてツイッターでツイートしたところ、鈴木慶一氏からもレスポンスを頂いた(ありがとうございます!)。だが、どうしてもはっきりしなかったのは、鈴木氏が共演したデ・スーナーズのベースとは誰なのかである。60年代のレコードでは、ベース兼ボーカルとしてCris Solanoの名前がクレジットされている。だが、彼は長く日本に留まって音楽活動を続けたようである。では、鈴木氏の言うベーシストとは誰か。実は、『デ・スーナーズ/テレサ』ではCris Solanoはボーカルに専念し、Butch Tingoというベーシストが加わっているのである。鈴木氏の言うベーシストはこの人ではないだろうか。

 なお、『デ・スーナーズ/テレサ』のジャケットにも顔写真はあるが不鮮明。まさに鈴木氏がロータスと共演した1975年に撮られた『天才與白痴』に彼らの演奏シーンがある。精神病院を扱ったこの映画、日本未公開でソフト化もされていないが、香港ではDVDも出ており、演奏シーンはyoutubeでも見られる(→ココ)。どなたか、『デ・スーナーズ/テレサ』と見比べて、同一人物か判定して頂けないだろうか(自分にはちょっと無理です)。

 

以上、『デ・スーナーズ/テレサ』から考えたり調べたりした、香港流行音楽に関する二題でした。

新座頭市 破れ! 唐人剣 [DVD]

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Mr.BOO! ギャンブル大将 デジタル・リマスター版 [DVD]

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[付記]テレサの「混血児マリー」が勝新太郎監督主演の『顔役』に使われたことは上に記した通りだが、彼女はキャバレー歌手として『顔役』に出演もしていたことが分かった。こちらの「勝新『顔役』分析採録シナリオ」というウェブページに、27シーン「テレサ・カーピオのショーである」と明記されている。そして、「混血児マリー」を歌っている。(2011.7.3.)