備考欄のようなもの

主に、中国語圏の文学・音楽・映画等について記します。

『あたらしい教科書 8 音楽』(2006、プチグラパフリッシング)



『あたらしい教科書』シリーズの一冊、『音楽』 。20世紀の音楽を、東洋/西洋、エリート/通俗の別なく、メディア状況にも目を配りながら概観した好著。……のはずなのだが。
いちばん関心のある(というか専門分野に近い)「中国語圏のポピュラー音楽」というコラムがいかにもひどい。黎錦暉を<流行曲>の父とするのはいいとして、「彼が手がけた初期の歌い手としては張靜(後に作家・郭沫若の妻)、藍蘋(後に毛沢東の妻、江青)、白紅などがいます。」とは全くのでたらめ。確かに張静という女優が黎錦暉の歌舞団に在籍していたが、郭沫若の妻になったのは別の団員の黎明健=于立群である。また、藍蘋=江青がこの歌舞団に在籍した事実はない。彼女は歌手ではなかったが、映画『王老五』に準主役として出演した際に共演者と共に主題歌を歌っている。だが、それは黎錦暉とは何の関わりもない(作曲は任光だ)。白紅も白虹の誤り。それよりも、黎錦暉が手がけた初期の歌手というのならば、黎明暉、王人美、黎莉莉らの名をまずは挙げるべきだろう。
その他にも周璇の曲「四季歌」を「四季之歌」と記していたり、人名のルビにも首をかしげたくなる箇所がある。執筆したのは、大須賀猛という人。この本は監修者の小沼純一をはじめ、音楽学などの研究者が中心となって執筆しているが、一部は非アカデミズムの執筆者が参加している。それによって本の内容が豊かになるのであればよかったのだが、しっかりとしたチェックがなされるべきではなかったか。